今朝、通勤中にある女性を見かけた。
たぶん、彼女を見たのは――30年ぶりだと思う。
彼女は、かつての恋人。
20代のころ、心の真ん中にいた人。
風の噂では、県外のお医者さんと結婚したと聞いていた。
もう会うこともないと思っていたし、
正直、自分の中でも「遠い記憶」になっていた――つもりだった。
だけど、今朝、彼女の実家の前を通ったとき、
その姿を見つけた瞬間、心が軽く揺れた。
年齢を重ねていたけど、
たしかに、彼女だった。
あの笑ったときの口元、目元の形――
昔の面影がちゃんとそこにあった。
不思議なことに、迷うことなく「彼女だ」と分かった。
たとえ30年経っていても、脳はそういう記憶を手放さないらしい。
でも、その瞬間、ちょっとだけ複雑な気持ちにもなった。
「あれ…こんな感じだったっけ?」
正直に言えば、今の彼女の姿は、僕が長年心に描いていた“理想の彼女像”とは少し違っていた。
たぶん僕は、30年という時間の中で、
彼女の記憶を少しずつ美化してしまっていたんだと思う。
いや、かなり美化していたかもしれない。
「会わなければよかったかも」
一瞬そう思ったけど、すぐにそれは違うと気づいた。
会って(見かけて)よかった。
声も交わさなかったし、相手は僕に気づいていなかっただろう。
でも、僕は――ようやく、
自分の“過去”に、そっと整理をつけることができた気がした。
長いあいだ、心の奥にしまい込んでいた想い。
決して後悔でも未練でもなく、
ただ「その頃の自分」が、今の自分にひとつの節目をくれた。
「人は過去の恋人には会わないほうがいい」
そういう声もあるけれど、
僕は今日、“過去の自分”に再会できたような気がしている。
彼女は30年前の僕を思い出しもせず、
たぶんこう思っただろう――
「このおじさん、誰?」って(笑)
それでもいい。
僕は僕で、ようやく今日、
過去の扉を静かに閉じることができたのだから。
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