旅先で出会った恋は、どこか映画のワンシーンのように美しい。
けれど、心から本気になってしまったとき――
それは、もう“旅の思い出”では済まなくなる。
◆東南アジアを旅して見つけた、“やさしい時間”
数年前、僕は東南アジアに何度も足を運んでいた。
気候、街のにおい、食べ物、そして何より人のあたたかさ。
気づけば、まるでそこに“帰ってきた”ような気持ちになる場所だった。
そんな中で、現地の女性と仲良くなることがあった。
軽い挨拶から始まり、
少しずつ打ち解けて、
冗談を言い合ったり、真面目な話をしたり――
次第に、「この人と、もっと一緒にいたい」と思うようになっていった。
◆はじめは“異文化”だったのに、気づけば“心地よさ”に
日本とは価値観も文化も違う。
時間感覚も、笑うツボも、時には考え方だってすれ違う。
でも、それが逆に新鮮だった。
彼女の素直さ、まっすぐな視線、
そして“愛されるより、愛すること”を大事にする姿勢に
不思議と惹かれていった。
ふと気づくと、「これって、ちゃんと“恋”してるな」と思っていた。
◆現実が、少しずつ重くのしかかってくる
旅が終わる日が近づくと、心に“現実”が戻ってくる。
・距離のこと
・言葉のこと
・ビザや仕事、将来の生活
・お金の価値観
・家族の理解
日本に戻ってからも連絡を取り続けたけれど、
次第に、**「気持ちだけではどうにもできない壁」**を感じるようになった。
◆でも、本気で好きだったことに嘘はない
今振り返ると、彼女との日々は本当に心が温かかった。
日本での仕事に疲れたとき、
彼女から届いた何気ないメッセージに救われたこともある。
たとえ続かなかったとしても、
たとえもう連絡を取っていなくても、
**「あのとき、あの場所で、本気で人を好きになった」**という気持ちには
何の後悔もない。
◆国境を越えた恋が教えてくれたもの
恋に言葉はいらないなんて言うけれど、
やっぱり、言葉が通じないことはもどかしかった。
でもその分、
表情や声のトーン、目の動き――
そういう“言葉にならない部分”を大切にすることを、彼女が教えてくれた。
今でも、ふと街ですれ違った東南アジアの言葉を聞くと、
一瞬だけ、あの頃の空気が胸に蘇る。
📌 まとめ
旅先での恋は、軽いものだと決めつけられることもある。
でも、そのひとつが“人生の本気”になることだってある。
「国境を越えて恋なんて…」と笑う人もいるかもしれない。
だけど僕は、彼女との出会いがあったことで、
**“人を想う強さ”**を、ひとつ知ることができた。

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