田舎の町内会総会は、都会の人が想像するよりずっと重たい。
資料が分厚いわけじゃないし、議論が白熱するわけでもない。
むしろ静かで淡々としている。
でも、その静けさの裏には、
年々消えていく人口と、減っていく担い手の現実がある。
◆ 誰かが亡くなるたび、席がひとつ空く
僕の住んでいる地区は、転入者がほとんどいない。
新しい住民が増えるどころか、
毎年のように誰かがいなくなる。
名前を知っている人。
顔を合わせていた人。
挨拶を交わしていた人。
いつのまにか、名簿から消える。
総会の出席者も、
毎年少しずつ減る。
◆ 役員は逃げられない。やれる人がやるしかない。
僕もここ数年、役員をしている。
やりたくてやっているわけじゃない。
でも、やりたくないと言って済むほど人数がいない。
昔は「順番が回ってくる」と言われた。
今は「できる人に回る」が正確だろう。
役員決めの時間が長いのも、もう恒例だ。
- 今年は誰ができる?
- 体が悪い人は外す?
- 高齢の人は?
- 若いと呼べそうな世代は、もう僕たちくらいしかいない。
シーン、とした空気の中で、
小さくため息が漏れる。
でも、誰かが手を挙げなきゃ前に進まない。
結局は、やれる人がやるしかない。
◆ 昔は面倒だと思っていたけれど
若い頃は、
総会なんて他人事だった。
誰かがやってくれて当然。
自分は関係ない世界だと思っていた。
けれど、50代になってみれば、
自分が “誰か” 側に立っている。
やらないと回らない。
やれないと困る人がいる。
責任の重さというより、
支え合うしかない現実の重さ。
◆ 減っていく町。それでも続いていく町。
ここは、人口が減っている町だ。
このままいけば、消えてしまうかもしれない。
だけど、
総会の椅子に座っている人たちは、
“まだここに暮らしている人” だ。
そこに意味がある気がする。
消えるか残るかではなく、
今ここにいる人たちで、
できる限りをやっていく。
都会にはない、
けれど田舎にはある、
ささやかな共同体の粘り強さ。
◆ 最後に
町内会総会は、面倒だ。
やりたくない気持ちも本音だ。
だけど、
ここで暮らしている限り、
誰かの役を支え合うしかない。
それはきっと、
「義務」じゃなくて
「自分たち自身を守るための選択」なんだと思う。


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