昨日、少し驚く知らせを聞いた。
昔付き合っていた彼女が、亡くなったらしい。
知らせをくれたのは、
彼女の叔父にあたる方から話を聞いた、僕の友人だ。
直接ではないけれど、
信憑性は高いと思っている。
◆ 最後に会ったのは、彼女が結婚してすぐの頃だった
思い返してみると、
彼女と最後に会ったのは、
彼女が結婚して間もない頃だった。
もう30年以上前の話だ。
短い会話だったし、
特別なことを話したわけでもない。
それでも、
「これが最後になるかもしれない」
そんな予感だけは、なぜか覚えている。
結果的に、それが本当に最後になった。
◆ 会っていなかった時間のほうが、ずっと長い
それから30年以上、
連絡を取ることも、
偶然すれ違うこともなかった。
お互い、
それぞれの人生を生きていたのだと思う。
だから正直、
強い実感があるわけではない。
けれど、
“もうこの世にいない”と聞いた瞬間、
胸の奥がすっと冷えるような感覚があった。
◆ 悲しみは、距離や年数では決まらない
長く会っていなかったから、
悲しむ資格がないとは思わない。
逆に、
ずっと近くにいたからといって、
必ず深い関係だったとも限らない。
人の心は、
距離や時間だけでは整理できない。
ただ、
確かに同じ時間を生きて、
確かに言葉を交わした人が、
この世界からいなくなった。
それだけのことなのに、
気持ちは静かに揺れる。
◆ 「もう会えない」という事実だけが残る
もし生きていれば、
どこかで偶然再会することも、
あったかもしれない。
話すことはなくても、
顔を見るだけで
「元気そうだな」と思えたかもしれない。
でも、
その可能性は完全になくなった。
選ばなかった未来が、
すべて閉じた、という事実だけが残る。
◆ 最後に
これは、
未練の話でも、
後悔の話でもない。
ただ、
人生のある時期に、
確かに存在していた人が、
静かに人生を終えたという話だ。
今日は、
少しだけ昔の自分と、
あの頃の時間を思い出している。
それでいい気がしている。

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