先日、久しぶりに同窓会に参加した。
懐かしい顔を見ながら酒を飲んでいると、当然ながら昔の話になる。
「あの頃、誰が好きだった?」
なんて話も出てくる。
50代も終盤になったオッサンたちが、何十年も前の恋愛話で盛り上がっているのだから、傍から見ればなかなか滑稽かもしれない。
でも不思議なもので、名前を聞くとちゃんと顔が浮かんでくる。
当時好きだった女性。
あの頃は、本当に可愛く見えた。
いや、実際可愛かったのだと思う。
廊下ですれ違っただけで妙に意識したり、少し話せただけで一日気分が良かったり。
今考えると、ずいぶん純粋だった。
そして今回、そんな昔好きだった人と久しぶりに会った。
何十年ぶりだろう。
さて。
昔好きだった女性と再会したら、あの頃の気持ちは蘇るのか。
ちょっとくらいドキッとするものなのか。
結論から言うと――
微妙だった(笑)
もちろん向こうも同じことを思っただろう。
「……あれ?」
と。
お互い様である。
何十年も経っているのだ。
こっちは立派なオッサンになっているし、向こうだって当然、あの頃のままではない。
当たり前の話なのだけれど、人間の記憶というのは都合がいい。
昔好きだった人は、自分の頭の中では歳を取らない。
ずっとあの頃の笑顔で、あの頃の姿のまま保存されている。
だから実際に会うと、脳内に保存されていた映像と目の前の現実との間に、若干の読み込みエラーが発生する。
「そうそう、この人だ」
と思う一方で、
「こんな感じだったっけ?」
とも思う。
たぶん向こうも、
「こんなオッサンだったっけ?」
と思っている。
いや、あの頃はオッサンではなかった。
それだけは言っておきたい。
ただ、しばらく話していると面白い。
顔や姿は変わっていても、ふとした話し方や笑い方に昔の面影が出てくる。
その瞬間だけ、一気に時間が戻る。
「ああ、こういうところが好きだったのかもしれないな」
なんて思ったりする。
でも、それは恋心が戻ったのとは少し違う。
ドキドキするわけでもない。
この人とどうにかなりたいと思うわけでもない。
むしろ懐かしい。
ただただ懐かしいのだ。
考えてみれば、昔好きだった人に再会して懐かしくなるのは、その人が懐かしいだけではないのかもしれない。
その人を好きだった頃の自分自身が懐かしいのだ。
まだ人生がずっと先まで続いているように感じていた頃。
好きな女性と少し話せただけで嬉しかった頃。
将来、自分がどんな仕事をして、誰と結婚して、どんな人生を送るのかも分からなかった頃。
昔好きだった人の顔を見ると、そんな自分まで一緒に思い出す。
だから特別に感じるのだろう。
それにしても。
若い頃の恋愛というのは、かなり記憶補正がかかっている。
「昔好きだった女性」
この言葉だけ聞くと、なんとなく甘酸っぱい。
映画なら、数十年ぶりに再会した二人が見つめ合い、昔の気持ちが蘇って――なんて展開になる。
現実はそんなに都合よくできていない。
久しぶりに会って、
「おお、久しぶり!」
「元気だった?」
「うん、まあね」
そんなものである。
そして心の中ではお互い、
「歳取ったなあ」
と思っている。
まあ、当然である。
でも、それでいいのだと思う。
もし昔好きだった人が、記憶の中とまったく同じ姿で現れたら、そのほうが怖い。
こちらだけ50代になっているのだから。
今回の再会で分かったことがある。
昔の恋は、昔のまま取っておくから綺麗なのだ。
無理に続きを始める必要もない。
答え合わせをする必要もない。
「あの頃、好きだったなあ」
それだけで十分なのかもしれない。
そして家に帰って鏡を見る。
そこには、昔好きだった女性を見て「歳取ったなあ」と思った本人よりも、明らかに歳を取った男が映っている。
……人のことは言えない。
たぶん向こうも帰宅して、同じようなことを思っただろう。
いや。
そう思っていてくれたほうが、こちらとしても助かる(笑)。
昔の恋心は戻らなかった。
でも、昔の自分には少しだけ会えた。
同窓会というのは、案外そういう場所なのかもしれない。

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